なぜなら、
ーー僕も自殺志願者だから。
03-仮面.
町の風景がぼうっと流れる、僕は一人道路あきの縁石に座っている。もう時間は夕刻をとうに過ぎている。
どのぐらいここに座っているのか見当もつかない。そろそろひとめが気になり出した。
不意に市街の端にいじめにあっている女の子を見つけた、何人かに囲まれて泣いている。
だが、いまの僕にはその子を助けてやれる気力はない。また、助けたとしても繰り返される。しかも、永遠に。
だから、無駄なんだ。
通りすがりの男性が、「こら」と言って、いじめのグループを追い払った、泣いている女の子に、「大丈夫」と声をかけると、女の子は怯えた目つきで走り去ってしまった。
ほうらね、僕にはよく分かる。
小学生の頃いじめられ子だった。最初は上級生、次に同級生、極めつけは下級生にだ。唯一の対抗手段は、作り笑いだった。
「僕はお前たちのことなんかちっとも気にしていないぞ」という精一杯の仮面。その仮面の下は、常に泣いていた。
中学生になったら、今度はいじめる側に加わった。自分がいじめられないためだったが、気づいたら、いじめをたのしんでいる自分がいった。
高校では無視された、クラス全員に無視されて、「ムラハチブ」と言う言葉を知った。ついでに、教師にも無視された。僕は再び仮面をかぶり、今日まで生き長らえてきた。
大人になるのがいやだった、大人になるのが怖かった。でも、僕は大人になってしまった。
もう、仮面をかぶるのは今日で最後にしようと思う。やっと気づいたんだ、僕は誰にも必要とされていない、自分自身をさえ必要としていない、そのことに。
今日は僕にとって人生の「終戦記念日」となる。誰にも邪魔はされたくない、「頑張れ」なんて言ってほしくはない。余計に消えてしまいたくなるだけ。
戦争や飢餓で死にたくない人がたくさん死んでいることも知っている。でも、死にたい人が死ぬんだったら、同情する必要もないでしょう。
ただ、一つだけお願いがあります。
ーー僕と一緒に死んでくれませんか?
04-ひとりぼっち.
また町の風景が流れた、こんなにたくさんの人がいるのに、僕はひとりぼっちだ。
掲示板にも書いた、でも、誰も僕の求めている答えを出してくれない。
「生きろ」なんて言わないで、「生きでいればいいことある」なんて言わないで。いいことなんていつあるの?
僕は、いまを生きることが辛いんだ。
「死ね」って言っても構わない、ただ、僕を上から見下ろして笑うのだけやめてくれ。
弱虫って言われた。
そうさ、僕はひとりで死ぬこともできない臆病者なんだ、だからどうした、それのどこが悪い。最後に理解者を、仲間を求めることさえ。。
僕は許してもらえない存在なのか。
そうか、僕は本当に孤独だったんだ。
両親のことを考えてみる、いや、やっぱり余所を、そのことは僕にとって一番辛い話になってしまう。いまの僕は、それに耐える自信がない。
携帯を見つめた、もう誰からも呼びかけはない。
やはり、ひとりで死ぬしかないのか。
僕はゆっくりと腰をあげると歩きだした、場所は下見してある。
ただ、時間がはやすぎる。
皆が寝静まり、人通りのなくなった時間に、あのビルの屋上から飛び降りるんだ。
僕にだって常識はある、人を巻き込むことだけは避けるつもりだ。
ただ、時間がはやすぎる。
あてもなく歩いた、今度は風景が僕を通り過ぎていく、うしろ、うしろへと。。
「あと3時間。」
誰に言うともなく、ぽつりとつぶやいてみた。
これから自分は楽になれるはずなのに、世の中から開放されるはずなのに、自然と涙がほほを伝った。
孤独な自分に同情している自分がいる、それがまた悲しくて、いっそ涙が出た。あまりに自分がかわいそうな気がしてたまらなくなった。
05-ふしぎ工房.
「もう直それも終わるさ」自分を元気付けるように言って、手で涙を拭った。視界がぼやけていると、歩くことにも不自由する。しっかりと前を見据えたところで、自分が見知らぬ路地にいることにふと気づいた。
「あれ、道に迷った。」
しんと静まり返った住宅街、いつもの見慣れた風景とは違うこの場所に、いつの間にか紛れ込んでしまったらしい。
だが、大丈夫、まだ時間はある。
急き立てられるように時間の経過に気を使うことはもうしなくていいんだ。
そう自分に言い聞かせていると、足元で猫のなく声がした。小さな黒猫だった。妙に懐いて、僕の足に纏わりついてくる。すこし愛しくなった。
人間もこのぐらい素直だったらな。
しゃがんでその猫の頭をなでようとしたら、黒猫はさっと身を退き、目の前のきろのわずかなすきまに逃げ込んでしまった。
「ちぇ、」
どうせ猫にさえも嫌われるんだ。
そう思って立ち上がろうとしたら、目の前に奇妙な看板が飛び込んできた。
戸板に筆で殴り書いたような文字で「ふしぎ工房」と書かれてある。
なんだかとても気になた。
その文字を見つめていると、心が落ち着くというか、穏やかな気持ちになってくる。こんな気分になるなんて、もしかして初めてのことか。
その看板に目を奪われていると、今度は黒猫が激しくないた。なにか、このように途轍もなく未練を残すような思いにとらわれて、思わずその引き戸に手をかけた。気づくと、僕はその引き戸の内側に行って、そこではっと我にかえった。
「ここは?」
中はがらんどうの倉庫のようだった。薄暗くて、どこか異世界に迷い込んでしまったかのような錯覚に落ちいていると、不意に人の声がした。
「ご注文は?」老人のような声だった。
僕が緊張してその場に立ち尽くんでいると、またその声は言った。
「何か、注文をしに来たのではないのかね?」
目を凝らすと、部屋の中央に大机があって、その向こうに座っている老人の姿が見えた。
「す、すみません。僕は。。。」人の家に勝手に上がり込んだというか、何か自分がいけないことをしてしまったかのような気がして、思わず頭を下げて謝った。何かを注文しに来たわけじゃない、ただ、気づいたらここにいただけだ。
「失礼しました。」そう言って、そうそうに立ち去ろうとした僕の背中に、思わぬ言葉が浴びせかけられた。
「死にたいのかね?」
動けなかった、図星をさされて、僕が蛇に狙われた蛙のように畏縮して固まった。
「な、なぜ?」恐る恐る振り向いた僕の視界に、老人の手招きが見えた。僕は誘われるようにふらふらと老人に近づき、勧めたれるままに、大机の前のパイプ椅子に腰を下ろした。
すると、項垂れたままものも言わない僕の目の前に、紙と鉛筆が差し出された。
紙に書かれた「注文書」という文字が目に映った。
「さぁ、これー」
目を上げると、そこに優しく微笑んだ老人の顔があった。
「ここに?」
「そう、あなたの願いを書きなさい。」
「ぼ、僕の願い?」
「その通りです。」
「ここは何を売っているお店なんですか?」
「ここでは、幸せを売っております。」
僕の涙腺は一気に弛み、堰を切ったように涙が溢れ出した。僕は、初めて自分の理解者に出会ったような気がして、感動すらおぼえた。
そうなんだ、僕の幸せとは、死ぬこと。
それがいまの僕の願いなんだ。
でも、ひとつだけ問題が残っていた。
それは、僕が弱虫で意気地無しだから、ひとりじゃ死ねないっていうことだった。もう一度目を上げると、老人はすべてを分かっているかのような面持ちで、僕を優しく見つめていた。
僕は震える手で、
「一緒に死んでくれる人を紹介してください」と書き、自分の住所と名前を添えた。
「承知しました。」老人はいっそう穏やかな声で言うと、注文書の控えと白い封筒を差し出した。封筒には、請求書と書かれていた。
「請求書?」
そうか、世の中何かにつけ、お金が必要だもんな。今回は人を紹介してもらうわけだし。そう思いながら、請求書の封を切ろうとすると、老人の手がそれを制した。
「お代は、後払いの成功報酬となっております。後ほど、ゆっくりとお確かめください。」
「はい。」
成功報酬という言葉に、なんだか奇妙な違和感を覚えたが、僕は封を切ろうとした手を止め、それを注文書の控えと一緒に上着の内ポケットにしまい込んだ。よくよく考えれば、成功の暁には僕はこの世から消えてなくなる。すると、代金を支払いなくなるわけだが。。
「さぁ、どうぞ。」
ぼんやりと考えている僕を促すように、老人は出口の引き戸を指し召した。
「でも、まだ紹介が。。」
「ご心配には及びません。その方は、もう外であなたをお待ちしております。」
06-出会い.
ふしぎ工房を出ると、その人物は一目で分かった。目の前の電柱に背中から凭れ掛かって俯いている。見るからに世の中から消えてしまいそうなタイプだ。僕と同じ匂いがする。手には、注文書の控えらしき紙を握っていた。
「ああ。。彼もまた。。」
僕はすぐさま親近感を覚えた。背格好からして僕と同じぐらいの年齢だ。すると、彼もこちらに気づき、軽く会釈をくっておこした。
「君だね。」彼はそう言って、ゆっくりと近づいてきた。
「うん。」僕もそれに答えるように、彼に歩み行った。
近づいて見ると、前髪を長くのばして、僕よりはすこし線の細い印象を受ける顔立ちをしていた。その他は、普通の男性と変わらない。まだ会ったばかりだというのに、もう十分お互いのことが分かる気がする。
言葉はいらない、交わす必要もない、そう思える。
初めて理解し合える友達を見つけたような気分になった。僕たちはそのまま並んで歩き始めた。しばらくして、彼がぽつりと言った。
「場所、決まってる?」
「うん。」僕は、例のビルについて事細かに説明した。彼は相づちを打ちながら、「それはいい所を見つけたね」とはにかむように笑っていた後、確認するように尋ねてきた、
「遺書は書いた?」
「うん、書いた。」
「そうだね、事故だと思われたら、捜査だとか余計な面倒を人にかけることになるものね。ピーシーとか、人に見られたくないデータは消した?」
「あぁ。。それはしてない。。」
「そう、僕ね、死んだ後まで人に感傷されたくないんだ。携帯メールやトウロカード(?)も全部消したし、」
彼の言葉を聞いて、用意周到だなと思った。僕はそこまでは考えっていなかった自分を恥って、俯いた。その様子を見て、彼はすこしだけ慌てた。
「あ、気にしないで、あくまで僕の場合だから。それよりも、最後に君と出会えて本当に嬉しんだ。僕にだって、ひとりで死ぬ勇気なんてないから。でも、君が一緒だから、ちっとも怖くなんかないよ。本当にありがとっ。」
「そんな、僕の方こそ感謝しているよ。君と一緒に死ねるなんてすごく幸せだよ。」
僕たちは、お互いに顔を見合わせて、顔を綻ばせた。僕は嬉しくなって、ふと思い付いたことを口にした。
「でも、僕たち今日じゃなくて、もっと前に出会ってたら、人生変わったのかな。」
一瞬、沈黙した空気が流れ、僕はばかなことを言ってしまったと後悔した。いまさらそんなことを言ってもしょうがないのに。しかし、その沈黙からも彼が救ってくれた。
「前に出会うってことは絶対ないよ。いまこの瞬間に出会ったことは運命なんだ。僕たちは、やっとここにたどり着いて、理解者を得ることができたんだ。人と付き合う時間とか期間は問題じゃない、どんなに短くでも。。」
「僕たち、友達になれたんだもんね。」僕は、彼の言葉をそっくり受けて言った。
二人同時に発した言葉が、きれいに重なって、ハーモニーよんだ。それがあまりにおかしかったから、僕たちは声を立てて笑った。
本当に幸せだ。しみじみそう思った。彼も同じ思いだと見えて、僕たちはお互いの顔を見つめて、またフフっと笑った。
07-星空.
そうしているうちに、ビルの前に着いた。
「ここだね。」
「ここだよ。」
僕たちに悲愴感はなかった。エレベータに乗り、最上階で降りて、屋上の出口へと向かった。外へ出ると、空は満面の星に覆われていた。僕たちは、しばらくの間腰を下ろして、星を見つめていた。
「きれいだね。」
「ほんとだ。」
自然と涙がほほを伝わった。彼も泣いていた。悲しかったからじゃない、最後にこんなにうつくしい星空を見ることができたことに、感動していたから。
ふっと風が吹き、彼の前髪を押し上げた。彼は慌てて手で顔を覆ったが、僕は、見てしまった。そして、見てしまったことを後悔した。彼は苦しそうにつぶやいた。
「気味悪いだろう。」彼の左目は義眼だった。
それを隠すために、前髪をのばしていたんだ。彼が言うには、幼い頃に両親の不注意で左目をつぶし、以来、義眼なのだという。僕の目から自然と涙がこぼれた。身体的に普通と違うということが、彼のこれまでの苦難と苦痛を物語っていた。それが、どれほどいじめの対象となったことか、どれほど辛く、悲し目にあってきたことか。言わずとも十分伝わってくる。
「どうしたの、なぜ泣くの?僕に同情してるわけ?」
「ん、ごめん、そういうわけじゃないんだ。」ほんとは彼に同情をしている自分を隠したくて、僕は無理に照れ笑いをかけた。
「死ぬ前に、すこしでも君のことが分かって、嬉しかったんだ。」
嘘だった。でも、罪な嘘じゃない、神様も許してくれるだろう。
「君の両親も、苦労されたんだよね。」
「そんなことないよ。」話が両親に及ぶと、彼はがぜん表情を変えた。
「あいつらのせいで、僕はこんな姿になったんだ。だから、苦労をしたとしても当然の報いだ。僕が死にたいと思ったきっかけを作ったんのはあいつらなんだから。」
彼は怒りに打ち触れえている様子だった。僕はしまったと思ったが、また口を滑らせた。
「でも、君が死ぬと、両親はきっと悲しむよね。」
「悲しめばいいんだ。当然の報いだよ。」
それきり、僕たちは黙った。しばらくして、彼がぽつりと言った、
「君の両親は。」
「うん。健在だよ。」
「そう。。どうして死ぬと思ったの?」
「もう、疲れちゃったから。」
彼は一呼吸をおくと立ち上がった。
「行こうか。」
僕も導かれるように立ち上がる。
「もう、思い残すことはないよね。」彼の言葉に、僕もゆっくりとうなずき、笑顔を作って見せた。
08-決行.
僕たちは手を取り合い、幸せの待つ未知の世界へと足を進めた。それに伴い、視界が徐々に開けてくる。ついには縁にたどり着き、その視界は百八十度に広がった。
目線を下に落とすと、下界はまるで奈落の底のようで、大きな口をぱっくりと開けているかのように見えた。不意に両親の顔が浮かんだ。すると、突然、足が震え出した。だくだくとして震えが止まらない。両親の僕を心配する顔が涙に濡れている。僕はそれを打ち消すように、顔を左右に振った。
おかしい、なぜ僕は震えている?何度かここに来てリハーサルをした。その時には、下をのぞいても震えたりはしなかった。それでも、ひとりで死ぬには勇気がいると、仲間を募り、いまは彼がそばにいる。死ぬことなんてもう怖くはないはずだ。
それとも、ほんとの僕は死ぬことを望んでいない。
いや、そんなはずはない。あ、でも、どうしても震えが止まらない。もう、一歩たりとも前に進めない。
彼は、僕の異変に気づいて、怪訝そうな顔をした。
「どうしたの?さぁ、はやく行こうよ。」
「まっ、待って。」
彼が僕の手をひいた瞬間、思わずその手を振り払った。と同時に、彼の体がふわっと宙に浮かんでみえた。
「あ。。」
そう声を上げた僕を、彼は悲しそうな目で見つめていた。口元がかすかに動いて、「なぜ?」と言っていた。そして、彼の姿が視界から消えた。
しばらくして、ぐしゃっという、トマトが潰れるような音が聞こえた。
「あ、、は、、あ、、」怖怖と下をのぞく、下界の底に不自然に体を曲げた彼の姿が見える。その体の下から、赤い液体が染み出し、徐々に広がって窪となっていく。
「はぁ。。あ。。。。あああ。。。」下界がにわかに騒然となる。人が飛び出してきて、大声で何かを叫んでいる。遠くにサイレンの音が聞こえる。
「ああああああ。。。。。。」
09-両親.(小石哭的真让人心疼。。但我写的怎么这么邪恶捏 =v=)
ビルを飛び出し、無我夢中で走った。サイレンの音が追ってくる、現場とは思えない、確実に僕をおってくる、殺人者であるこの僕を。。
気づいたら家の前に行った。玄関に飛び込むと、父親が立っていた。そのまま父親の胸に飛び込んだ。肩越しに泣き崩れている母親の姿が見える。厳格な父に、当然殴り飛ばされるだろうと予想をしていたら、強い力で抱きしめられた。
「よく戻った。」
父は、それだけ言って、いっそう力強い手で僕を抱きしめた。父の目から涙がこぼれるのが見えた。母が僕の背に覆い被さるように抱きつき、
「いいのよ、いいのよ」と言って、嗚咽を漏らした。
僕は、号泣した。
「ん。。あ。。父さん。。母さん。。。ん。。あ。。僕。。僕は。。」
「分かっている、何も言うな。」優しい父の声だった。あんなに厳しく、僕を叱ってばかりの父から、初めて聞く優しい声だった。母が泣いている、声を上げて泣いている、僕の背中にしがみ付くようにして泣いている。
僕は、更に号泣した。
「僕。。僕は。。。。取り返す。。の。。こと。。ああああ。。」(小石哭的太厉害了。。实在是听不出讲的什么)
父の暖かく力強い声が頭越しに聞こえた。
「心配するな、お前のことは、父さんたちが必ず守る。」
「父さん。。母さん。。」
三人で号泣した。
親子そろって、初めて泣いた気がする。すると、急に辺りが暗くなって、父と母の姿が見えなくなった。
僕は、またひとりぼっちになった。
「父さん?母さん。。どこに行ったの?僕をおいて行かないで、僕を一人にしないで。。。。。」
10-死ぬな.
はっと我にかえると、頭の上に星空が広がっていた。歩き出す彼の背が見えた。
僕は突然に叫んだ、
「だめだ。」
彼は振り向き様に、怪訝そうな顔をしていた。
「どうしたの?死ぬのは怖くなったの?」
「いいから、止めようよ。」
「怖くなったんだね。それでもいいよ、僕はひとりで死ぬから。」
彼は駆け出した、僕はその背に向かって飛び付いた。二人して転がって、気づいたら、下界が見渡せるほどの位置にいた。僕は、ごくりと生唾を飲み込んだ。前に見た光景では、あの底に、彼が不自然な格好で横たわっていた。
僕は、彼の腕を力一杯つかむと、ずるずると元いた位置の近くにまで引っ張っていた。
「放せ。なぜ邪魔をする?」
彼はもがきながら叫んだ。
僕は答えなかった。
「どうせ君も僕を冷やかすために来たんだろ。死ぬ気もないくせに、僕を笑うためだけに仲間を装って来たんだろ。止めるなんてよく言えたな。君も他の奴らと同じ、上からものを言うだけの偽善者だ。。。あ、」
彼の言葉の終わり際、その顔面に、思い切り拳をたたき込んだ。涙が溢れてきて止まらない、なんて言っていいか分からない。
「死ぬな、死ぬな」と喚きながら、何度も彼に拳を振るった。
「皆のために、君に生きてほしいと願う人のために、そして、僕のために生きてくれ~~。」
僕は、殴るのは止め、彼に覆い被さるようにして、号泣した。
彼も泣いていた。
僕たちは、そのまま夜が明けるまで泣き続けた。
11-現実?.
どのぐらい時間が経ったのか。。
気づくと、彼の両親が警察の人たちとやってきた。両親は彼を強く抱きしめ、
「よかった、よかった。」と言いながら、泣いていた。
彼も泣いていた。
僕はその光景を見つめながら、父さんと母さんのことを考えていた。
僕が両親に命をもらったのは、これで二度目だ。一度目は、この世に生まれた時。二度目は、今回の自殺未遂。
不思議な気分だった。
一体何が夢で、何が現実なのか?誤って彼を突き落としてしまったことが夢なのか?両親に出会ったことが夢なのか?
いや、実は両方とも夢だということは分かっている。
なぜなら、彼は現実に生きているし、僕の両親は、二年前に亡くなっている。彼に健在だと言った言葉は嘘だった。
父は、友人の裏切りで、取立てやに追い込まれ、自殺。母は、後追うように病気で他界した。
父は、遺書にたった一言、
「許してくれ」と書き残した。
母は、病院のベットの上で、僕の手を握り締め、
「許して」と言って、この世を去った。
二人がなぜ「許して」と言ったのか?この時の僕にはよく理解できていなかった。
僕は、わが身の不幸を呪った。ずっといじめで苦しみ、唯一の理解者ではるはずの両親まで失った。その原因を突き詰めると、すべては、他人という加害者に、そして、それを容認した社会にたどり着く。僕の家族を破滅さした世間に、僕は絶望した。
「なぜ僕が?僕たちだけが、こんなめにあわなければならないのか?」と、
「なんどか社会に復讐することはできないものか。」とも考えた。
だが、あまりにも僕の頭は回転が鈍く、いいアイデアが思い付かないばかりか、行く先々で自分の非力さを思い知らされるのが、関の山だった。
学費が払えずに、大学を中退してからは、フリーターでその日を暮らすことが精一杯だった。
もう、死ぬしかない。死んで両親のもとへ行こう。。
それが、僕の最後に出した結論だった。
その僕が、両親に命を救われた。
いまなら分かる、あの「許して」の意味が、親としては、生きていくための力の弱い息子が、不憫でならなかった。その息子を残して先に行くことが、さぞかし心残りでならなかったのだろう。息子を守り切れないで行くわが身を、さぞかし蔑んだことだろう。そして、やっぱりその息子は、肉親を失って、残されたものの悲しみと苦痛に耐えられず、自ら死を選ぼうとした。
だけど、父さん、母さん、もう安心してください。僕はもう、決して死ぬことは思いません。父さんの言った、
「お前のことは、父さんたちが必ず守る。」という言葉、確かに受け取りました。
僕を助けるために、やってきてくれたんだね。本当にありがとう。父さん母さんに救ってもらた命だから、そう、だからあの時、僕は彼の命を救いたいと神速思ったんです。
彼と彼の両親が抱き合って泣いている姿を見て、僕にも人の役に立つ力があるんだと思いました。
僕と同じように苦しむ人たちに、伝えるべきことがあると気づいたんです。
だから。。
ーー僕は頑張って生きていきます。
12-epilogue.
ふと、ふしぎ工房のことを思い出した。
「もしかして、あの夢はあの店にいた老人が見せてくれたものなのか?」とも考えた。
そう言えば、請求書を受け取っている。いまなら開封してもかまわないだろう。
一体どんな請求なのか?
ドキドキしながら、封筒の中身を取り出した。まず目に付いたのは、「請求書」の文字、次に金額だった。
「金:十二万円也」と書かれてある。
十二万円?人材紹介料なら、こんなものなのか?
や、僕の場合は、友達を紹介してまらったことになるのか?
なんだか、高いような、安いような。。それとも、僕の命の値段?だったら、安すぎる。
などと思いながら、その支払い方法の記載を見て、僕は、思わずにやりとしてしまった。
月ずき百円の千二百回払い。
単純計算すれば、百年かかる。僕は、この最後を完済するまでは、死ねないことになる。おまけに、振込み方法は、郵便振り替えとしてしてある点に、心遣いが見えて、プっと吹き出してしまった。
銀行振り込みでは、三百十五円以上かかるから、手数料の方が高く付いてしまうが、郵便振替なら、七十円で済む。振込先には、慈善事業の団体名があった。そして、請求書の最後には、こう書き記されていた、
「あなたは、自分の得た生きる勇気を人に伝えなさい。その証として、上記金額をご請求申しあげます。
ーーーーーーーーーーふしぎ工房。」
あれから数年の歳月が流れた、僕は、毎月きちんと請求額以上の金額を支払っている。
まぁ。。たいした金額ではないが、ただ、振り替え手数料は払っていない、その必要はないからだ。
なぜなら、
僕はその慈善事業の団体職員として働いている。僕の仕事は、精神的に悩み、苦しむ人たちのカウンセリング。
もちろん、彼も共にここで働いている。
僕たちは、僕たちを必要としている場所を見つけた。
その後、僕たちは何度かふしぎ工房を探してみたが、残念ながら、二度とあの看板を見つけることはできなかった。